野望的轨迹 本公演版
豆瓣
简介
解 説
ルネサンス期、15世紀の終わりから16世紀初頭にかけて、初めてイタリア統一 の野望を抱いた一人の若者、チェーザレ・ボルジア。父である法王アレッサンドロ六 世の教会勢力を背景に、妹ルクレツィアの政略結婚を利用し自分の王国を創立しよう として遂には果たせなかった男の夢と野望をドラマティックに描く。
物 語
1498年、ローマ。当主である法王アレッサンドロ六世の強大な教会勢力をバッ クに隆盛を極めるボルジア家の長男チェーザレは、突然枢機卿の地位を退く。この生 涯を変え得るほどの大胆とも言える選択には、チェーザレの大いなる野望が秘められていた。
各国の要人が疑問を囁き合う中、唯一人フィレンツェの書記官マキァヴェッリはチ ェーザレの目論見がイタリア統一だと睨んでいた。彼の読み通り、勢力拡大の足掛か りとして、チェーザレはフランス国王ルイ十二世と取引、父の権力を利用して彼に離 婚許可証を発行する代わりに、国王の従妹シャルロットと結婚、公爵の称号と領地を 手に入れる。更にこの結婚の裏では、チェーザレが国王のミラノとナポリを得る手助 けをし、国王がチェーザレのこれから起こすイタリアでの行動を支援するという取り決めが為されていた。
ロマーニャの要であるイーモラを今後の拠点とすべく、チェーザレは手始めに女領 主カテリーナに和議を申し入れる。こうして彼女を味方に付けたチェーザレの次なる 策は、ルイ十二世の狙うナポリと完全に手を切ることだった。彼は副官ドン・ミケロ ットに命じ、妹ルクレツィアの二番目の夫でナポリ出身のビシュリエ公の命を絶つ。 しかし、ルクレツィアにはチェーザレを憎むことは出来なかった。少女の頃から抱い ていた兄への思慕の情がそうさせなかったのである。
チェーザレは着々と戦略を進めていく。ロマーニャの完全制圧を目前に、東からの 勢力ヴェネツィアに付け入る隙を与えてはならなかった。彼は、ロマーニャとヴェネ ツィアの間に位置するフェラーラのアルフォンソ・デステ公をルクレツィアの第三の 夫に選ぶ。兄への許されない想いを胸に、ルクレツィアは嫁いでゆく。兄妹愛という 言葉では片付けられない感情を押し殺しているのは、チェーザレも同じだった。
アレッサンドロ六世の庇護の下、チェーザレはわずか二年の間に次々と領土を掌中 に収めてゆく。そんな時、配下の傭兵隊長ヴィテロッツォらがチェーザレに反旗を翻 す。チェーザレは彼らとボローニャの挟み撃ちの危機に晒されかけるが、彼の策士と しての才能は、ロマーニャの平定と鎮圧をものの見事に成功させる。
しかし、イタリア統一に手が届こうかというこの時、誰も予期しなかった悲劇がボ ルジア家を襲う。アレッサンドロ六世が流行病のマラリアで突然に死去したのだ。そ して、ボルジア家から父の威光を奪った病魔は、容赦なくチェーザレをも襲った。敵 対する次の法王ローヴェレは、ボルジア家を破滅に追いこもうとし、ルイも、スペイ ンと手を結ぼうとしていたチェーザレを助けようとはしなかった。
神がイタリアの混迷を救うべく送った一筋の光、チェーザレ・ボルジアは、その活 動の絶頂期で運命から見放された。その後、身を寄せたナヴァーラで内乱に巻き込まれ、31歳の若い命を散らせたのだった。