レポートを兼ねて
本書の著者は長年日本の中国研究を指導してきた代表的な研究者であり、本書は著者の積年の研究を土台にした中国研究の方法論を再考した著作である。
著者は、欧米のディシプリンに基づく分析枠組みを無条件に利用するのではなく、地域的特殊性を重視すべきであると述べている。分析方法論として、著者は「基底構造論」アプローチを提起した。つまり、時代を越えて通底する様々な要素から構成される「変わりにくさ」――「変わらない=不変」ではない――は中国のリアリティを理解する基盤であると論じられている。
では、中国の基底構造は何だろう。著者はそれを「4つの大規模性」と「4つの断層性」として整理した。「4つの大規模性」とは、領土・人口・思想・権力の大規模性という中国政治の所与の特徴であり、「4つの断層性」とは幹部と民衆・関係と制度・都市と農村・政治と経済の断層性という中国政治の根本的な課題である。著者は以上の基底構造を提示した上で、中国の社会と国家の緊張関係(第2章)、中央・地方関係から見た動態的政治構造(第3章)、体制維持のガバナンス(第4章)に現れた動態的構造を明らかにした。そこで、経済成長による急激な社会変動が目立っているが、政治・イデオロギー・経済社会の関係構造は変化を見せていないということになる(264頁)。
また、第6章で著者は、「カスケード型権威主義体制」の検討を提案した。このモデルは、多様な多元的権威的ガバナンスを共産党によって一体化した格局を表現している。つまり、中央の下に多様な中型、小型の権威主義的権力が層を成しつつ、基本的には中央に服従するといった多層の権威的ヒエラルキを形成していくことである(224頁)。最後に、第7章では、著者は習近平体制の戦略と指導基盤を分析し、その背後の「派閥」・「圏子」に「関係(ネットワーク)」が果たしている役割を明らかにし、政治体制の人事の伝統的なやり方が今なお根強く生きているという事実を指摘した(246頁)。
本書は、中国の歴史から現在の政治体制の本質を見抜くことに力を入れて、中国の地域的独自性を表現できる理論枠組みを構築した。このような独特な分析視座に筆者はとても納得しているが、本書を一読して、若干違和感も浮上した。
まずは中国研究者に長年悩まされてきた「特殊性」と「普遍性」の論争である。授業の中でも勉強したように、戦後から今までの日本における中国研究は、中国を例外として扱う考え方から、中国を世界の普遍性に置いてその特殊性を理解するという考え方まで、大きな変化を遂げた。本書の著者の考え方はまさに、1980年代中期〜2000年代中期の日本の中国研究者の「実証主義に基づき中国の独特性を探求する」という方法論に当てはまると考える。つまり、普遍性より、中国の内実の独特性の方に注目する。この方法論は「中国を理解する」という目的に寄与しているが、他国との比較及び各種の研究と「対話」をすることに十分ではないだろう。例えば、中国の政治制度について、著者はソ連など他の共産党体制の影響を視野に入れず、中国的特殊性の影響を過大視しているように見える。「特殊論」と「普遍論」の融合について著者も考えたが(269頁)、それは政治構造及びイデオロギー構造は「特殊論」で、経済社会構造は「普遍論」で説明できるという二元的な見方である。
また、もう一つ違和感を覚えさせたところは第5章の伝統的な統治体制との連続性にある。この部分では、著者が先に答えを念頭に置き、その根拠を歴史から掘り出そうとしているような感じがする。例えば、毛沢東や鄧小平が党規約や憲法さえも無視した超法規性が指摘されたが、独裁者の超法規性それ自体は、北朝鮮などの現代の全体主義国家ではよくある事象で、中国の伝統支配優位の証明とはいえないのではないだろうか。さらに、伝統中国をひとつのまとまりとして扱うような歴史観は既に数多くの歴史学者に批判されてきた。そこで、中国の数千年にわたる伝統の中には、現在と共通している特徴が数えられないほどあるので、基底構造の理論に反証することはそもそも不可能になっているのではないか(もちろんこの批判自体は欧米型のディシプリンに由来する考え方ではあるが)。
本書を通じて、現代中国の可変性と不変性のメカニズムについて理解を深めることができた。方法論的にも色々考えさせてもらった一冊である。今後の研究のより斬新な視野を期待する。