漢魏六朝における『山海経』の受容とその展開 豆瓣
作者:
松浦史子
出版社:
汲古書院
2012
- 2
漢と唐という巨大な帝国に挟まれた六朝四百年は、北方異民族の脅威や王室相克の下に、いくつもの王朝が目まぐるしく興亡を繰り返した時代であった。漢帝国四百年を支えた儒教に代わって仏教や道教が興隆し、旧来の価値体系は大きな変化を余儀なくされた。「文学篇」では、この激動の六朝時代に、中国古来の神話的地理誌である『山海経』が如何に受容されたか、という視点から、六朝人の世界観・宇宙観の一端を考察する事を目的とする。採り上げるのは、『山海経』の注釈や「遊仙詩」によって知られる六朝始めの詩人・郭璞と、その郭璞と遊仙詩風の継承関係が指摘される六朝後半の詩人・江淹である。
「図像篇」では、検討の対象を、動乱の六朝四百年に先駆ける漢帝国四百年に拡張する。『山海経』が「異形」の博物を描いた図像を扱うことはよく知られる。しかし『山海経』の図像に関する研究は明代以降の図像の比較研究に留まり、六朝以前の人々が目にした古図研究については殆ど手つかずのままである。
これに対して本著では、とくに漢魏六朝の政治・文化を動かした異形の瑞祥イメージと、『山海経』の異形の神話的博物との関連性を推測しつつ、「瑞祥」と政治・文化の関係を中心に漢魏六朝に於ける神話的図像の
諸相について考察する。
「図像篇」では、検討の対象を、動乱の六朝四百年に先駆ける漢帝国四百年に拡張する。『山海経』が「異形」の博物を描いた図像を扱うことはよく知られる。しかし『山海経』の図像に関する研究は明代以降の図像の比較研究に留まり、六朝以前の人々が目にした古図研究については殆ど手つかずのままである。
これに対して本著では、とくに漢魏六朝の政治・文化を動かした異形の瑞祥イメージと、『山海経』の異形の神話的博物との関連性を推測しつつ、「瑞祥」と政治・文化の関係を中心に漢魏六朝に於ける神話的図像の
諸相について考察する。