弘田三枝子
悲しきハート 豆瓣
弘田三枝子
发布日期 1963年1月1日 出版发行: 東芝音楽工業
作曲:John Francis Schroeder・Michael Edwin Hawker 日本語詞:みナみカズみ(安井かずみ)
Mieko Hirota On Stage Exciting R&B Vol.1 豆瓣
弘田三枝子 类型: 放克/灵歌/R&B
发布日期 2007年4月18日 出版发行: 日本コロムビア
オリジナル盤発売日:1968.9.1(JPS-5155)
Accompanied By – ザ・モージョ*, 宮間利之とニュー・ハード*
Arranged By – 山木幸三郎*
Vocals – 弘田三枝子*
日本民謡を唄う 豆瓣
弘田三枝子 / Hitota Mieko
发布日期 2005年8月17日 出版发行: ViViD SOUND
大好評の「JAZZ WITCHES」シリーズ第4弾は、民謡だけど音はジャズ!という異色にして最高にかっこいい、クラブフロア受けも間違いなしの超キラーな弘田三枝子の『日本民謡を唄う』。ミコちゃんの16歳とは思えないパンチの効いたヴォーカル、前田憲男の最高のアレンジ、宮間利之のゴキゲンなサウンドが見事に化学反応を起こし、ヒップにホットに大変身したポップスの女王が唄う民謡ジャズ!!ステレオ、モノラル同時収録。初CD化。
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■日本民謡・・・日本各地で庶民の間に歌い継がれてきたもので、祭り太鼓や平太鼓、ほら貝、三味線、尺八などを使い、そのほとんどが踊りを伴う。多くは農村から生まれ、農民の慰安としての意味合いも持ち、地方により曲調が異なる。
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■日本民謡を唄う・・・今でこそ「ポップシンガーが民謡のカヴァー??」と、ピンとこないが1950~1960年代は、ザ・ピーナッツや、江利チエミ、小林旭も日本民謡を唄っていた。この時代は多くのシンガーがアメリカン・ポップスなどのいわゆる洋楽をカヴァーしており、日本古来の民謡をカヴァーすることは日本人としてのアイデンティティーを確認するすることだったのかもしれない。ただそういった概念よりも今聴いても単純にかっこいいのである。
以下()内は発生地域。おてもやん(熊本)、木曽節(長野)、斉太郎節(宮城)、会津磐梯山(福島)、佐渡おけさ(新潟)、ソーラン節(北海道)、よさこい節(高知)、串本節(和歌山)、安里屋ユンタ(沖縄)、五ツ木の子守唄(熊本)
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■弘田三枝子・・・1947年(昭和22年)2月5日、東京都世田谷区に生まれる。幼少の頃からジャズやポピュラー・ミュージックに心を奪われ、ディープ釜苑(ムッシュかまやつの父/森山良子の叔父)に師事。その後米軍キャンプで唄い始め、1960年に13歳で歌手としてテレビ・デビュー。翌年、東芝音楽工業(現・東芝EMI)より「子供ぢゃないの」でシングルレコード・デビュー。その後も「すてきな16才」「渚のデイト」「思い出の冬休み」そして「ヴァケーション」等のアメリカン・ポップスのカヴァー曲を次々とリリースしヒットを飛ばす。そのパンチのきいた歌唱力は多くの人を魅了した。そんな中、1963年にジャズカヴァー・アルバム「スタンダードを唄う」、そして本作「日本民謡を唄う」を発売し、歌手としての幅を広げていく。翌年12月に日本コロンビアに移籍し「渚のうわさ」「人形の家」等、数多くのヒット曲を記録。トップ・シンガーとしての地位を不動のものとした。現在も現役でその歌唱力は衰えを知らない。
スタンダードを唄う 豆瓣
弘田三枝子 / Hitota Mieko
发布日期 2005年3月16日 出版发行: ViViD SOUND
ポップスの女王、弘田三枝子が唄う1963年のジャズ・カヴァーアルバムを初CD化!!パンチのきいた“ミコちゃん節”を炸裂させたり、しっとり唄い上げたり、16才とは思えない素晴らしい歌唱力、表現力を披露!発売当時、ステレオ盤とモノラル盤の2種類が発売され、今回はその両方を収録。さらに「ダンケシェーン」をボーナストラックに収録。
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■弘田三枝子・・・幼少の頃からジャズやポピュラー・ミュージックに心を奪われ、ディープ釜苑(ムッシュかまやつの父/森山良子の叔父)に師事。その後米軍キャンプで唄い始める。1961年、東芝音楽工業(現・東芝EMI)より「子供ぢゃないの」でレコード・デビュー。そして「ヴァケーション」等のアメリカン・ポップスのカヴァー曲を次々とリリースしヒットを飛ばす。そのパンチのきいた歌唱力は多くの人を魅了した。本作は1963年3月に発売。同年には日本民謡を唄ったアルバムもリリースし、歌手としての幅を広げていく。翌年12月に日本コロムビアに移籍し「渚のうわさ」「人形の家」等、数多くのヒット曲を記録。ポップスの女王の地位を不動のもにとした。
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■スタンダードを唄う・・・弘田三枝子といえばアメリカン・ポップスのカヴァーと歌謡曲、というイメージがあるが、彼女にとってジャズは幼少の頃から唄い慣れ親しんだ、歌手として原点の音楽である。1965年(当時18才)には日本人歌手として始めて“ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル”に出演し、1970年代には「My Funny Valentine」等、多くのジャズアルバムを残している。「ダンケシェーン」以外はすべて英語で唄っているが、米軍キャンプ仕込みの見事な発音である。「マック・ザ・ナイフ」はシングル「想い出の冬休み」のB面曲にも収録されている。「アレキサンダース・ラグタイム・バンド」は米軍キャンプ時代から唄っていた曲であり、テレビ・デビュー曲でもある。「ダンケシェーン」はオリジナルのモノラル盤には未収録だったが、以前別のアルバムとカップリングでリリースした際(81年「Japanese Graffiti」)に加えられたものを、今回特別にボーナス・トラックとして収録。
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■ステレオ・ヴァージョンはマスター・テープ紛失の為、レコードからマスタリングしています。