川本芳昭
东亚古代的诸民族与国家 豆瓣
東アジア古代における諸民族と国家
作者: (日) 川本芳昭 译者: 刘可维 出版社: 社会科学文献出版社 2020 - 4
★ 汉民族是什么时候、如何形成的?
★ 一个不同于秦汉社会的“中华帝国”是如何在与诸民族互动形成的?
★ 东亚大陆形成的统一帝国对周边民族与国家会产生什么影响?
【内容简介】
魏晋南北朝时期中国内外诸民族间的抗争与流动,足与西方日耳曼民族大迁徙时代相匹敌,甚至超过其规模。与中原王朝的接触使周边民族逐渐“汉化”,同时中原王朝内部也出现了“胡化”“蛮化”现象。这种双向的“中华化”让一个迥然异于秦汉社会的“新的中华”最终形成。
汉民族乃世界上最大的民族,川本芳昭一直关注其形成过程极其与周边诸民族的互动关系。上至汉唐,下至辽、金、元,川本芳昭从比较史的视角出发,考察鲜卑、乌丸等北方民族,獠、羌等西南民族,以及朝鲜与倭国的“中华化”,以宏大的视野展现了东亚古代的民族与国家。
【本书突破】
① 从“中华帝国的构造”的观点来看,北朝与辽、元、汉代彼此间在国家体制上具有同质性的一面(本书第1篇第4章);
② 朝鲜、日本的古代国家体制也可以看到与上述类似的发展历程(第2篇第1章);
③ 当东亚大陆形成统一帝国时,周边地域(如古代云南、日本等)也会产生同样的波动,这一波动又与周边地域的自立化相互关联,从而呈现出与大陆同样的发展轨迹(第3篇第1章);
④ 北魏史研究中的发现,在辽、金、元甚至清代的研究中也可以看到同类现象,且这种类似性绝非仅仅因为同是非汉民族入华而产生的(第4篇第4章);
⑤ 所谓汉民族的形成,要等到解决魏晋南北朝时期的民族问题后才能得以实现,此时的汉民族已是个较秦汉时期进一步扩大、深化了的概念(第3篇、第4篇第1章)。
東アジア古代における諸民族と国家 豆瓣
作者: [日] 川本芳昭 出版社: 汲古书院 2015 - 3
【序言】より(抜粋)
筆者は先に小論を集めた『魏晋南北朝時代における民族問題』(一九九八年・汲古書院)と題する拙著を刊行した。該著において筆者は、第一に、中国の魏晋南北朝時代における北方民族の中国への流入が、それまでの中国のあり方にどのような影響を及ぼしたのかという研究の深化につとめ、第二に、同時期における中国南方の非漢民族の実態を追求し、また、第三に、古代朝鮮や日本への中国文化の流入、人の移動がどのような変化を当該地域に引き起こしていったのかという問題の解明につとめた。…本書は、前著刊行後の成果に拠りながら、東アジア古代における諸民族と国家の構造、およびそれらの関連について論じようとするものである。本書は次の四篇から構成される。
第一篇は、北魏史を中心としながら漢唐間における北中国の動向について考察したものである。とりわけ北魏前期の部族と国家の実態に関わる問題(「部」体制国家の実態)、およびその持つ歴史的意義について論じたものであり、その関連で、新出史料の問題、鮮卑の使用した文字の問題などについて論じ、また時代を遡った北魏より前の時代における烏丸や鮮卑の問題、北魏内朝と初期国家の関連などについて考察した。
第二篇は、漢唐間における古代日本や朝鮮の動向について論じたものであり、大陸の状況と古代日本の動向とが密接に絡んでいることを、中華意識、遣隋使、倭の五王の問題などを取り上げて具体的に論じた。中華意識の問題に関しては、古代日本や朝鮮におけるその形成と当該時代における大陸の状況が関連していることを指摘し、五胡諸朝に生じた中華意識がその淵源と考えられることを論じた。遣隋使に関しては、中華意識を形成しつつあった倭国が、遣隋使段階において、中国再統一を果たした隋との間でどのような交渉を展開したのかの具体相を追求し、倭の五王に関しては、その自称が、使持節都督諸軍事・安東大将軍などの自称と、治天下大王の自称の併存という形で存在していたことの意味などを追求した。
第三篇は、当該時代の中国西南地域がどのような状況にあったのか、という点を解明しようとしたものである。北魏(代国)や倭国は漢帝国が崩壊した後の国際状況の中で、中国王朝の冊封を受けつつ、一方で自立の道を歩むが、本篇では、これと同様の状況が生じていた中国西南部の歴史がどのように展開していたのかを具体的に追求し、それを主に雲南と四川の地域についてやや巨視的な観点から論じ、合わせて両地域のもつ古代日本との関連を追求した。
第四篇は、当該時代以外の時代、地域をも含め考察した際、どのようなことがらを窺うことができるかについて論じたものである。所謂征服王朝と称される遼・金と北魏とがどのように関連しているのかという問題、唐・宋を分期とする時代区分の問題と民族問題とがどのように関連しているのかという問題、南北朝時代を経て建国された唐帝国に留学した崔致遠(新羅)、阿倍仲麻呂(日本)という個別の人間において中華、あるいは民族といった意識がどのような形で存在していたのかという問題、所謂内朝の問題を中華帝国の構造に関わる問題ととらえ、非漢民族国家である遼や元、あるいは漢民族国家の祖型ともいうべき漢と比較したとき、どのような点が明らかとなるのかといった問題について考察したものである。