历史
“民主”与“爱国” 豆瓣
〈民主〉と〈愛国〉 : 戦後日本のナショナリズムと公共性
9.3 (10 个评分) 作者: [日] 小熊英二 译者: 黄大慧 等 出版社: 社会科学文献出版社 2020 - 8
本书考察了战后日本关于民族主义和公共性的论说,梳理了其从战败到1970年代初的变迁。所用史料涵盖了日本战后主要政治学者、政治党派、政治运动的观点,不仅探讨了丸山真男、大塚久雄、竹内好、吉本隆明、江藤淳、鹤见俊辅等战后知识分子的思想,还涉及了宪法问题、旧金山媾和、战后史学运动、战后教育运动、安保斗争、全共斗运动等领域。展示了日本人在战后如何面对自己的战争经历和记忆,以及在此基础上产生了怎样的思想和政治。
唐代金银器研究 豆瓣
作者: 齐东方 出版社: 中国社会科学出版社 1999 - 5
这是“唐研究基金会”丛书之一,也是目前国内有关唐代金银器
的第一部专著。本书全面收集了地下出土和国内外博物馆、私人收藏
金银器,从考古、历史、美术史的角度进行研究。书中刊布照片百余
帧,并附有400余幅线图。
唐代的长安与洛阳(地图篇) 豆瓣
作者: [日]平冈武夫编 出版社: 上海古籍出版社
长安和洛阳这两个都城,是唐代文化画卷在其上展开的最主要、最大的场所。因此,了解这两个都市的宫殿、街道、道路、市场、寺庙乃至园林、住宅等等的状态和位置,或者一个街坊中知名的居住者的情况等等,对于具体地了解唐代的人文事实,十分有用。编者根据文献描绘编制了长安城图、六坡图、长安坊里图等47幅和阁本兴庆图、长安南郊图等5幅插图
神策军与中晚唐宦官政治 豆瓣
作者: 黄楼 出版社: 中华书局 2019 - 10
中晚唐宦官政治是一个颇具学术价值的课题。作为“国家社科基金后期资助项目”,本书在这一问题上进行了深入而新颖的探讨。
本书以神策军为逻辑切入点,分别以神策军的创建及其演进、宦官集团与内廷皇位之争、宦官集团与外廷官僚政治、宦官集团与地方政局为四个逻辑层面,逐层讨论中晚唐宦官政治的诸多表现。中晚唐“宦官政治”是继东晋“门阀政治”之后,皇权政治的另一种变态形式,也是永贞革新、牛李党争、甘露之变等一系列政治事件演进发展的逻辑主线。它由皇权政治中来,最终又回归到皇权政治中去,对五代及宋初政治制度产生了很大的影响力。
隋唐佛教文物史論考 豆瓣
作者: 砺波 護 出版社: 法藏館 2016 - 5
隋唐の佛敎と國家、祀天神と釋奠、隋唐の石刻、遣隋使と遣唐使の四部構成。
「嵩岳少林寺碑考」「唐代の過所と公験」をはじめとする著者の代表作に新稿と関連コラムを併せた決定版。
《逸周书》考释 豆瓣
作者: 周宝宏 出版社: 社会科学文献出版社 2000 - 8
本书上编《逸周书今注》是对《逸周书》第一次全面的今注,今注简明扼要,都是在吸收古今注家基础上而成,使《逸周书》达到基本可读通的地步。下编《<逸周书>词义研究》,是对《逸周书》部分具有语言时代特色的篇章的大部分词、词语、词义进行深入细致的分析考证。
天一阁藏明钞本天圣令校证(附唐令復原研究) 豆瓣
作者: 天一阁博物馆 / 中国社会科学院历史研究所 出版社: 中华书局 2006
天一阁藏《天圣令》为明乌格抄本,存十卷,虽系残本,却记载着已失传的唐《令》、宋《令》,有许多法律条文是现存史籍中未见记载的,有不少条文比现存史籍所记更完整。从初步整理看,《天圣令》残卷计289条,所载唐《令》有222条。作为目前传世的唐宋时期的唯一一部令典,《天圣令》对于研究中国历史上的令典编撰体例和形式,研究令典的地位和作用,都具有极为重要的学术意义。并且对于中国法制史研究及日本古代律令的形成,都将产生巨大的影响。
《旧唐书》辨证 豆瓣
作者: 武秀成 出版社: 上海古籍出版社 2003
《旧唐书》至明代嘉靖时已零落不全,后经闻人诠穷搜力索,将对各种《旧唐书》残存本进行补缀,重刻《旧唐书》全本,以后所出各版《旧唐书》,均以闻人诠本为底本(或全部,或部分),由于种种原因,《旧唐书》中存在较多问题,本书集中的以干支系时(即年月日)为中心,对解放后中华书局版《旧唐书》点校本的存在的问题进行谬正误,著者利用《新唐书》、《资治通鉴》、《新旧唐书合钞》及各种《旧唐书》麝香本、抄本等,并汲取前贤及时人研究成果进行校勘辩证。所言有据,立论精慎,体现了著者的深厚字力与耐心细致的治学精神。本书是近年来难得的一部高水平学术著作。
学問のかたち 豆瓣
作者: 小南 一郎 編 出版社: 汲古書院 2014 - 8
思想史が、それぞれの時代を代表する思想家たちが築き上げて来た思想の体系を解説し、それを分析することを中心にして記述されるのは当然のことであろう。各時代に固有な思想的な課題が、個々の思想家たちの思索を通して、結晶化され、その解答が提示されているのである。思想家たちが、苦悩を通して築き上げて来た思想の体系は、歴史の流れの中でその内容が検討され、改変が加えられつつ、時代を越えて継承されて来た。一人の思想家が思索を行なうのは、前代から受け継いだ思想的な遺産の基礎の上に立つだけではなく、その時代に固有な社会的環境の中においてであった。たとえ孤高の思想家がいたとしても、孤高という姿勢を取ること自体が、そうした態度を通して、固有の社会と関わりあっていたのである。
この論文集は、中国の思想家たちが思索を行なって得た、その精華を論ずるよりも、思索を行なう際の基礎条件の方に目を注ぎ、そうした条件が、時代の流れの中でどのように変化し、それが個々の時代の思想の具体的なあり方にどのように関わりあっていたのかを考えようとするものである。思想的営為をその基礎で支えて来た文化的要件には、多様な性格のものが存在していたであろう。精神文化的要素の占める割りあいの大きいものもあれば、社会制度的なものもあった。ここでは、特に思想の場を取り挙げて、検討を加えてみたいと思う。言うまでもなく、思想家たちの思索は架空の場でなされるわけではない。それぞれの社会に特徴的な思索のための場があり、またその成果を公表し、伝承するためにも固有の場や形式があったのである。
そうした場や形式を離れて、思索はあり得なかった。思想的営為の背後にあったそうした要件を把握することによって、思想史の記述を、より人間的な、血の通ったものとすることができるはずなのである。
この論文集では、問題をさらにしぼり、知の伝承・伝播の問題を中心に据えて、その知の継承の具体的な場であり、制度的な枠組みでもある学問のあり方を見てみようとした。それぞれの時代の教育・学習の具体的なかたちが、その時代の思想のあり方にさまざまな影響を及ぼしていたに違いないが、その相関の様子を考えるための前提として、学問の場という基礎的部分に目を注ぎ、それぞれの時代に特徴的な様相を検討しようとしたのである。
小南一郎「中国古代の学と校」は、中国における学校制度の形成について、新石器時代から秦漢時期までを概観したものである。礼関係の文献の中から、部族社会にまでさかのぼるであろう教育の様相を伝える資料を探して、そこに記された郷村の教育制度の中に、中国の学問の原型となるものがあり、おそらく戦国時代ごろまで、そうした古い要素が、大きく変貌することなく、伝えられていただろうことを論じた。
辛賢氏の「漢代経学の相貌――宇宙論的「知」の形成」の論文は、漢代の人々の思考のかたちを、より基礎的な部分で見ようとしたものである。特に漢代の易学が、象数易と呼ばれる占卜的要素の強いものであったことの意味を追及している。漢代の易には、 現実的な事象の吉凶を占うという性格が強く留められていた。こうした漢代の易学の背後に、この時代の人々に特徴的な〈天〉と〈人〉とを結ぶ観念があったと辛氏は指摘する。
吉川忠夫氏「六朝時代における家学とその周辺」の論文は、この時代に特徴的な学問のありかたについて、家学という視点から検討を加えている。六朝時期になると、門閥貴族体制の文化的な優位を反映して、一つの家系の中で学問を継承する、「家学」と呼ばれる学問のあり方が顕著になる。まず順陽の范氏が継承した家学の内容を検討し、范寧の「春秋穀梁伝集解」という注釈書が、范氏一族の人々、およびその周辺にいた門生故吏たちの共同作業として作り上げられたことを確認する。加えて、この時期の学問の伝承は、漢代の師法の継承を中心とする学問に比べて、より開かれたものであり、范氏の家学の伝統は、「理」を追及する中から、仏教信仰などにも繋がるものであったことを指摘する。
船山徹氏「梁代の仏教――学術としての二三の特徴」の論文は、仏教史の流れの中で、梁代という時代が具えていた特徴的な性格について分析を加えている。インドに原典のある仏教経典の漢訳作業は、五胡十六国時代、後秦の鳩摩羅什あたりが頂点となり、梁代になれば、さらに下った時期に中国に伝来して流行することになる唯識思想の論書と密教経典とを除き、主要な経典の漢訳はほぼ終わっていた。仏教活動の中心が、訳経から、訳された経典の整理と咀嚼、理解へと移っていたのである。こうした学問的仏教の進展と対応して、梁代ころになると、もっぱら仏教関係書を収蔵する図書館を指す言葉として、経蔵・経台・般若台などの語が用いられるようになると、船山氏は指摘する。
小島毅氏「宋代における経学と政治――王安石と朱熹」の論文は、大きくいえば宋代の学問として一括できるが、方向性に違いが見える、王安石と朱熹との二人の学問のありかたを、両者の経書注釈を通して検討したものである。これまで、王安石の学問は経学、朱熹の学問は道学と呼んで区別をされることが多かった。しかし、小島氏は、まず、両者の学問が基本部分で共通していたことを確認する。王安石の経典解釈は、天子を輔弼する宰相としての立場を基本としたものであり、朱熹の解釈は、支配者を善導することをめざして意見を述べる士大夫の立場を基本とするものであって、王安石と朱熹との経典解釈の違いは、両者の政治世界での立場の違いを反映するものであったと、小島氏は理解する。
鶴成久章氏「近世中国の書院と宋明理学――「講学」という学問のかたち」の論文は、書院の具える様々な機能(蔵書のための施設という性格など)の中でも、特に重要なのは「講学」活動であったとして、その内容を詳しく分析している。
宮紀子氏「モンゴル王族と漢児の技術主義集団」の論文は、知の空間的(地域的)な伝播の問題に注目している。しかもその知は、儒家の経典に由来するものではなく、主として自然科学的なものであった。医学などに代表されるように、直接的な有用性を具えた、技術的な知識なのである。そうした技術的知識を持つ人々を、モンゴルの王族たちは、争うようにして自分の手元に置こうとした。この時代に勢力を伸ばした新しい道教、全真教の教祖たちも、こうした技術的知識に深く関わっていたと宮氏は指摘している。
三浦秀一氏「人法兼任の微意――明代中後期の科挙および督学制度と思想史」の論文は、従前の見方に訂正をせまるものである。三浦氏は、明代の科挙をめぐる制度的な問題や具体的な科挙試験問題の模範解答(程文)を検討して、そこに明代の思想家たちに課せられた問題が反映していることを確認する。とりわけ、試験の実務にあたる督学官たちの、思想的な立場からの使命感と職務の実態との乖離に由来する苦悩を分析し、そうした苦悩とその克服との中に明代の思想の具体的なありかたを見ようとしている。
水上雅晴氏「清代学術と幕府――編纂と代作の状況を中心として」の論文は、当時の有力者たちが開いた幕府に幕友としてそれに関わった学者たちの実態を詳しく分析している。幕府の府主が学者たちを自分のもとに集めたのは、そこでの学術活動の中心が書物の編纂にあったからである。幕府で行なわれた編纂作業の中心は、地方志の編纂、失われた書物の復元(輯逸)、古典のテキストの校勘などにあり、府主の政治的立場は資料の収集を容易にし、集まった幕友たちの共同作業が、学術研究の基礎資料となるような書物を次々と生み出した。
平田昌司氏「「仁義礼智」を捨てよう――中央研究院歴史語言研究所の出現」の論文は、思想的課題に中国の人々がどのように対応したのかを、歴史的な動きの中で、詳しく分析している。西洋の学術思想と中国の伝統的な思想とのもっとも大きな違いは、西洋の学術が自然科学を基礎に置き、そこで探求される真理は善悪の観念に関わらないとされるのに対して、中国の学問は基本的に人間的・社会的な善(倫理)を求めてなされるものであったことにあるだろう。もちろん中国にも自然科学的な学問の伝統もあったが、学問の主流は人文学にあり、そこでの探求の方向は、倫理的価値観と切り離せないものであった。西洋の自然科学の持つ体系性や論理性に引かれて、二十世紀の初頭のころ、自然科学の教育を受けた、著名な知識人は少なくない。ただ、かれらの多くが、やがて自然科学の学問から離れてしまう。中国の「国粋」尊重へもどってしまう者たちもいた。そうした中で、自然科学的客観性を保持しながらも、中国の文化伝統へ目を注ぐべく、民衆的文化を対象とする学問が築かれた(平田氏は、こうした流れを〈土の声を聴く〉と表現している)。中国の古典も、さかのぼってゆけば〈土の声〉に由来すると考えるのである。
研究者は、学問という回路を介して社会とつながっている。その学問は、それぞれの時代に固有な、特殊なかたちの学問なのである。研究は「実事求是」をスローガンとするとはいえ、「事」の主体をどこに置くか、求められる「是」の内容について、どのような点を重視するのかなどについては、時代の価値観が色濃く反映することになる。我々の学問も、現在という時代の中に囚われた学問であるのかも知れない。そのようにみずからの学問を客観視することは、むしろ必要なことであるだろう。しかし一方で、学問の歴史を詳しく見るとき、時代的な制約の下に縮こまるだけでなく、それを乗り越えようとする人間の精神の羽ばたきをも、そこに感じ取ることができるように思うのである。
魏晋史学的思想与社会基础 豆瓣
7.0 (6 个评分) 作者: 逯耀东 出版社: 中华书局 2006 - 9
魏晋处于汉唐帝国之间,是一个解构与重组的时代。在解构与重组的过程中,许多矛盾现象杂呈,最显著的是儒家思想失去其原由的权威地位,原来在经学笼罩下的其他学术,纷纷脱离经学的羁绊而独立。但由于史学和经学的关系过于密切,所哟史学独立的步履缓慢而迂回。但在史学主流的编年和纪传二体之外,却出现了一系列非儒家价值体系的新史学写作形式。不过,这许多新史学写作形式的思想根源与社会基础,都深植在魏晋时代之中。逯耀东教授以其多年治魏晋史学的经验,结合中国传统史学的发展与流变,对这个问题作了较深层次的探讨与分析。
逯耀东教授从事历史教学与研究工作四十馀年,范围集中于魏晋南北朝史、中国史学史、现代史学、中国饮食文化史。擅长历史随笔、文化散文的写作,一生勤于著述,笔耕不辍,历年所撰史学论集、散文集二十馀种。本书为逯耀东教授研究魏晋史的代表作,广为学界所知。该书着重考察这一时期史学主流之外出现的一系列非儒家价值体系的新史学写作形式,并结合中国传统史学的发展流变,探讨这些新史学写作形式的思想根源和社会基础。
魏晉史學的思想與社會基礎 豆瓣
作者: 逯耀東 出版社: 東大圖書 2000
內容簡介:雖然中國傳統史學,和政治有千縷萬緒的牽扯。但如果一個時期政治權威的控制力量稍減,而且文化理想又超越政治權威之時,史學就會多元化發展,出現一個史學繁榮與黃金的時代。這正是魏晉史學發展的歷史環境。魏晉處於漢唐帝國之間,是一個解構與重組的時代。在解構與重組的過程中,許多矛盾現象雜呈,最顯著的是儒家思想失去其原有的權威地位,原來在經學籠罩下的其他學術,紛紛脫離經學的羈絆而獨立。但由於史學和經學的關係過於密切,所以史學獨立的步履較緩慢而迂迴。但在史學主流的編年和紀傳二體之外,卻出現了一系列非儒家價值體系的新史學寫作形式。不過,這許多新史學寫作形式的思想根源與社會基礎,都深植在魏晉時代之中。逯耀東教授以其治魏晉多年的經驗,結合中國傳統史學的發展與流變,對這個問題作較深層次的探討與分析。目次:序:原地踏步導言:魏晉史學的思想與社會基礎《隋書‧經籍志‧史部》形成的歷程《隋書‧經籍志‧史部》及其〈雜傳類〉的分析魏晉別傳的時代性格魏晉對歷史人物評價標準的轉變魏晉玄學與個人意識醒覺的關係《世說新語》與魏晉史學《世說新語》對個人形態的描敘志異小說與魏晉史學經史分途與史學評論的萌芽劉知幾《史通》與魏晉史學裴松之與《三國志注》的自注《三國志注》引用的魏晉材料《三國志注》與漢晉間經注的轉變裴松之與魏晉史學評論司馬光《通鑑考異》與裴松之《三國志注》
东晋南朝侨州郡县与侨流人口研究 豆瓣
作者: 胡阿祥 出版社: 江苏教育出版社 2008 - 9
侨州郡县是很特殊的一种地方行政制度。我在《中国行政区划通史·总论》(即出)里说到,行政区划的必要条件是有一定的地域范围,有一定数量的人口,存在一个行政机构;而充分条件是这个行政区划一般都处于一定的层级之中,有相对明确的边界,有一个行政中心,有时有等第之别,也有立法机构。但侨州郡县却连上述必要条件亦不能满足,所以十年前我写《中华文化通志·地方行政制度志》时,将其称为虚幻的政区。但我自己对这些虚幻政区的具体变迁并没有什么深入的研究,所举实例皆取自于胡阿祥的有关论述。
Leopold von Ranke 豆瓣
作者: Dominik Juhnke 出版社: Vergangenheitsverlag 2015 - 5
Leopold Ranke (1795-1886) gilt als Vater der modernen Geschichtswissenschaft und „Goethe der Geschichtsschreibung”, ein Säulenheiliger des Historismus. Auf anschauliche und lesbare Weise zeichnet der Autor den Aufstieg Rankes vom altphilologisch geschulten Oberlehrer zum weltweit geachteten Geschichtsprofessor, vom kritischen Querulanten zum angepassten Staatshistoriografen nach. Eingebettet in ein Panorama der Berliner Wissenschaftsszene und ihrer Akteure des 19. Jahrhunderts gelingt die Biografie eines „großen Gelehrten“ – allerdings keinesfalls vorhersehbar und bruchfrei, sondern geprägt von Zweifeln, Rückschlägen und Widersprüchen.